或る旅人の手記【その他】

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そうそう、手段が結果を塗り替えてしまった、まこと悲しい話といえばこんなものが。
ある国の病床の領主様が、ふらり立ち寄った私に語って下さったものです。

その国の北方というのが、冬の期間が長く厳しく、深い雪に覆われ、大変暮らしにくい地域であります。
私が立ち寄ったのは、幸運にも春の芽ぶきの頃合いでありました。
ほんの僅か前までは、そこには街もなく、人々は小さな村落で震えて生活していたそうです。

とかく人間というものは、自分と異なるものを忌避したがる弱いものである、というのは、私が何度も書き連ねてきたことではありますが。
その国においては、我々で言う魔族というのもが、恐怖の対象でありました。
冬の寒さが厳しいのは自然の摂理。
そのようなことは子供にでも解りそうな共通認識でありますが、その国の北方の山に住む、氷を司る魔族の一族は、周辺の人々にとっては「冬の悪魔」と同等でありました。

さて、これは、「冬の悪魔」を愛した、ある男の物語です。

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人が人を愛するのに、何か理由が要るでしょうか。これも何度も記してきたことです。
世の中には似通った話が転がっているものだ、ということにしておきましょう。
魔族と呼ばれ、悪魔と呼ばれようとも、彼らもまた人であります。
人であれば男であり、或いは女である。少なくとも性別的にはそうなるのですから、至極普通の、ただ少し普通よりも勇敢な男が、「冬の悪魔」の女に恋をしたことに、また、「冬の悪魔」の女が、少しだけ勇敢な男に恋をしたことに、一片の罪も、間違いも無いでしょう。

しかしここに「問題」があるとすればそれは、その国における種族間の隔たりでありましょう。
事実、その「問題」故に、山から村へ忍んで降りていた「冬の悪魔」の女は、その父親に見咎められ、山を離れることを禁じられてしまったのだということです。
至極普通の人間が、強い力を持つ魔族を恐れるのと同時に、強い力を持つ魔族というものは、至極普通の人間など下らぬものだと思っており(それはやはり、当然のことで)、交わることなど許そうはずがなかったのであります。
「冬の悪魔」の女が山を下りられぬよう、そして至極普通の人間が山へ立ち入ることができぬよう、「冬の悪魔」は山と里との道を、氷で硬く閉ざしてしまったのだそうです。

簡単に諦められるぐらいならば、初めから好きになどならない。
これもまた、先に同じく。
この、少しだけ勇敢な男も、その例に漏れることなく、「冬の悪魔」の女に会う方法を探しました。
村々を渡り歩き、本を読みあさり、話を聞いて、それでも、「冬の悪魔」への会い方など、どこからも見つけられなかったのだそうです。
それは当然、誰も「冬の悪魔」などと関わりたいとは思わぬものですから。

そのようなことを繰り返していたある日、少しだけ勇敢な男はなんと、「冬の悪魔」に呼び止められたのだそうです。
「冬の悪魔」の女の友人だというその「冬の悪魔」の男、紛らわしいので魔族の男と呼ぶことに致しましょう。
その魔族の男が言うには、「冬の悪魔の女」も少しだけ勇敢な男を想って、日々泣き暮らしているのだとか。
愛する女にそこまでされては、途方に暮れて消えかけた情熱の焔も燃え上がろうというもの。
友人のために命からがら山を降りた魔族の男は、少しだけ勇敢な男に、氷を破る方法を耳打ちしたのだそうです。

少し話は変わります。
この地域の人々を苦しませるものは、実は厳しい冬の寒さ(厳密には「冬の悪魔」ではないのであります)の他に、もうひとつ存在しておりました。
それは炎を司る赤竜で、それが魔物のひとつであるということはお察しの通りでありましょう。
その赤竜、山のふもとの洞窟に住んでおりまして、腹が空いては村へ降りて思うままむさぼり喰い、(その中に至極普通の人間がいたであろうこともお察しの通り)人々を恐怖で震えあがらせておりました。

さて、魔族の男は、少しだけ勇敢な男に、こんな提案をしたそうです。
つまり、赤竜をその身に封じ、力を得、その炎を以て氷を溶かすのであります。
その役目は、そもそも魔力を持っている魔族の男の方が適任と思われるでしょうが、実は魔力というもの、異なるものは反発し合うものなのであります。
そもそも魔力など持たぬ、少しだけ勇敢な男はつまり、空っぽの器のようなものでありました。

空っぽの器を手に入れた魔族の男は、見事赤竜を封印したのでありました。
空っぽでなくなった器には魔力が宿り、その手は炎を生み出すようになったのであります。
とはいえ、元が至極普通の人間の身。
易々と灼熱の炎に耐えられるはずもなく、命を焦がしてゆくのでありました。

臆することなき勇敢な男は命を燃やし、阻むもの全てを溶かし、彼の進むべき道を切り開いたのでありました。
そうして辿りついた、愛しい「冬の悪魔」の女の顔が、恐怖に歪むまで、勇敢な男は過ちに気付かなかったのであります。
至極普通の人間を震え上がらせた赤竜、これは「冬の悪魔」にとっても天敵でありました。
なにせ、彼らは氷。灼熱の炎の前では成すすべもないのであります。

「ああ、どうして。私は灼熱の炎などとは、生きられないのに」
それが、「冬の悪魔」の女が、涙とともに告げた言葉だったのだそうです。

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そのときから今に至るまで「冬の悪魔」の姿を見たものは、この国におらぬという話でありました。
ただ、高く厳しい山々が、至極普通の人々を拒むかのように、聳えているのだとか。

そういえば、赤竜の器となった男の手には、不思議な文様が刻まれたのだそうです。
赤竜の恨みつらみまでをも宿してしまったのでありましょうか。
それは、その男の息子の手にも刻まれ、私の見たものに至るまで、残り続けているのだそうです。

-「フォルセイウスの手記・第3章」

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  • 最終更新:2011-06-07 23:19:32

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